「どもり・あがり症」であることのみじめさ苦しさ

どもりの人をマネしている子供のうちは、どもりの恐ろしさは分からないんだそうです。成長して、社会生活を営むなかで、「どもり・あがり症」はしだいに本性を現し、悲惨な状況まで人を追い込んでしまいます。

どもりは器質的な疾患でも、脳や神経の異常でもないんですね。肉体にこびりつき、こり固まった悪い癖なのです。しかしそれは、ただの癖ではないのです。性格を変え、人格を変え、その人の一生までも変えてしまう、恐ろしい癖なのです。

どもり研究の先生が自分のどもりを意識するようになったのは、小学校に上がってからだったそうです。クラスの友だちと話していると、嫌でも自分の話し方が尋常ではないことに気がついたそうです。とりわけ先生を苦しめたのは、朝の出欠をとる時間だったそうです。

一人ひとり、アイウエオ順に名前が呼ばれていったそうですが、順番が近づくにつれて先生の胸はしだいにドキドキしていきます。前のA君の次は、先生だったそうで、そのころはもう心臓が早鐘のように高なっています。今日こそうまく返事をしなくては・・。と、先生の心の中は、そのことでいっぱいだったそうです。

名前を呼ばれると、「は、は、は、は、はい」・・どっと教室中に響く笑い声。「はい」という、たった二音が言えないばかりのくやしさ、恥ずかしさ。そのうち先生は、名前を呼ばれてもまったく声が出なくなってしまったんだそうです。

先生の順番になると、教室はシーンと静まり返ったそうで、顔を真っ赤にして、先生はうつむくことしかできなかったそうです。そのうち、クスクスと笑い声が聞こえてきます。あのときの屈辱感は、いまでも忘れられないと先生は言います。

さらに高学年になるにつれて、先生のどもりはひどくなる一方だったそうです。「か、か、か、かんじの、か、か、かきとり」「た、た、た、たっ、たっきゅうたいかい」。ひとこと口を開くとこんな具合だったそうで、先生のあだ名は「機関銃」だったそうです。

先生のお母さんがそれを心配して、国語の音読では先生を指名しないように先生に頼んでくれたこともあったそうです。

子供らしい楽しみよりも、「どもり・あがり症」であることのみじめさ、苦しさのほうが多い小学校時代だったそうです。

 

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